私が青年海外協力隊(JOCV)に応募しようと思ったときに、あまりにも情報が少なく、これでは今後、理学療法士でJOCVを目指そうと思った人がいても、情報不足が原因で一歩が踏み出せなくなるのではないかと危惧しました。このブログは、そのような事が起こらないように、様々な情報を発信して、未来のJOCVを生み出すことが目的です。
Google検索で『理学療法士 国際協力』と入力すると、このブログがトップに表示されます。それを初めて知った時は驚きましたが、よく考えると、他に検索結果として挙げるようなサイトがあまりない、ということだと思います。地道にいろいろな事を書き続けて160近くの記事を載せるに至っています。JOCVを目指す理学療法士の多くが、私のブログに辿り着き、「このブログのおかげで、分からなかったことが分かった」や「すごく勉強になった」などと言ってもらえ、続けてきて良かったなと思います。
最近は後輩隊員が立ち上げた発展途上国リハビリレポーター(通称リハレポ)がJOCVを目指すPT・OT・STのもう一つの羅針盤になっています。このリハレポが出来た背景には、「水家さんのブログを見て非常に参考になったし、情報発信の重要性を感じた」という立ち上げ人自身の体験があったからだと以前、伺いました。私のブログは、私一人で書いていますので、私の目線での物事の捉え方しかありませんが、リハレポは様々なJOCV経験者が様々な視点で書かれていることに大きな特徴があります。また、私は堅苦しく書いていますが、リハレポは気軽に楽しく読めます。笑
今後も、このブログで情報発信を続けていきたいと考えていますが、ブログだけではダメだ、という事も思っています。ある大学の偉い先生と食事をする機会があったときに、「日本人は非常に優れた知識や技術や研究成果があっても、それを世界に発信するのが下手である」という主旨の話をされていました。論文も日本語で書けば日本人しか読まないので、英語で書かなけれないけない、という事や、こういったブログという形での情報発信では弱い、という事を聞き、ただただ頷き閉口するのみでした。
私は、論文を書いたり、研究成果を学会で発表したり、という経験がありません。国際協力の経験や今後の活動の中で、世界的に認められる形で発信しようと思うと、論文執筆や学会発表を英語で行わないといけません。これからの私の目標でもあります。
ちなみにこのブログは日本人相手なので英語にしようなんて事は考えてございません。そんなことすると私がますます筆不精になるばかりか、誰も読んでくれなくなります。笑
青年海外協力隊(2011年~2013年、ドミニカ共和国)、国際緊急援助隊(2019年4月、モザンビーク)で理学療法士として活動しました。 一理学療法士が世界を舞台にできることとは何か?備えておく知識・技術は何か?青年海外協力隊のその後、緊急医療援助などを堅苦しく綴っています。 このブログを通して、同じ志を持つ人々、この道に進もうと考えている人々などと情報交換できればと考えています。よろしくお願いします。 また、世界理学療法連盟から配信されるニュースの翻訳も、当ブログで取り上げています。是非、ごらん下さい。
理学療法士→青年海外協力隊→日本で臨床をしながら緊急援助について学ぶ(現在)→大学院?→国際協力をライフワークに
2011年3月11日より発生しました東日本大震災において、犠牲になられた方々に心よりご冥福をお祈り申し上げます。 また被災された方々に対しましては、お見舞い申し上げるとともに、一日でも早くの復興を応援・支援させていただきます。
2016年4月16日より発生しております熊本地震において、亡くなられた方に心からご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆さまにお見舞い申し上げます。
<祝>祝>当ブログの読者Y.Kさんが青年海外協力隊(24-1 モンゴル)に合格した、という非常に嬉しい知らせを受けました。おめでとうございます。
<祝>祝>当ブログの読者で青年海外協力隊を目指すMIDORIさんが理学療法士国家試験に合格した、というおめでたい知らせを受けました。もう同じ臨床家です。お互い頑張りましょう。
<祝>祝>当ブログの読者KENJIさんが青年海外協力隊(25-2 タイ)に合格した、というまたまた嬉しい知らせを受けました。おめでとうございます。
<祝>祝>募集説明会で体験談をお話させて頂いた方2名も青年海外協力隊(モザンビーク、ベトナム)に合格したと再会時に報告がありました。おめでとうございます。
<祝>祝>2013年JOCVリハネットセミナーで私の活動報告を聞いてくださったA.Kさんも青年海外協力隊に合格されました。おめでとうございます。
<祝>祝>国際緊急援助隊に当ブログを見て興味を持って頂いたOTさん、青年海外協力隊説明会でお会いしていたOTさん、フェイスブックで私を見つけて質問して頂いたPTさんが仲間入りしました。みなさん青年海外協力隊経験者でした。
青年海外協力隊 体験談&説明会
*当ブログの作者(ドミニカ共和国、理学療法士)は今回の春募集では体験談を話に行くことができませんが、興味をお持ちの方はぜひお越しください。私に質問がある場合は、関連する記事のコメント欄に質問いただければ、回答いたします。
国際緊急援助隊(JDR)医療チームへの参加に関心のある方へ
*JDR医療チームはWHO EMT InitiativeのType2認証を受けており、リハビリテーションの提供が求められるチームとなっています。理学療法士・作業療法士で関心のある方、仲間が増えるとうれしく思います。
2015年12月1日火曜日
2014年7月16日水曜日
英語の勉強
私は、小学校の頃にヨーヨーをしており、ハワイにいるプロチームに憧れ、中学から英語の勉強に最大の力を注いでいました。中学二年生の夏休みにはアメリカでのホームステイプログラムに申込み1か月滞在し、そこで飛躍的に会話力が向上したことを実感しました。たった一か月でしたが、中学生の言語適応能力は非常に高いのだと分かりました。高校は英語科に進学し、オーストラリアでの短期留学に申込み1年生の3か月間滞在しました。理学療法士の専門学校に進学してからも英語で書かれた文献や教科書を読んだり、社会人になってからも英文抄読会を開いたりと、英語の勉強を続けました。
このように長い間一生懸命勉強してきた英語でしたが、ドミニカ共和国に行くことになり、スペイン語を勉強し始めました。最初は、英語に加えてスペイン語も話せるようになれるチャンスだと思っていましたが、実際はあれだけ勉強した英語がスペイン語に書き換えられたような現象が起こりました。ドミニカ共和国に行くためにニューヨークを経由しましたが、そのニューヨークで全く英語が話せなくなっている自分に驚きを隠せませんでした。3か国語以上を話すことの難しさを思い知りました。
日本に帰ってきて1年以上が経ちますが、まだ英語を話そうとしてもスペイン語が先に出てきたり、簡単な単語でも言葉に詰まったりします。さらにスペイン語も使う機会がないので忘れてしまうのも時間の問題かと思います。せっかく長年勉強してきた英語と、せっかくドミニカ共和国で身につけたスペイン語なので、どちらもしっかり維持できるよう、今、勉強を続けています。
スペイン語に関しては、NHKのラジオとテレビで勉強しています。
英語に関しては、下記に今日は今の取り組みについて詳しく書こうと思います。
・読む
理学療法士の仕事や国際協力に関連して、英語の論文や記事を読むことが多いです。英語の勉強にもなるし、最新の情報が入ってくるので一石二鳥だと思っています。ただ、内容が偏ると、幅広い語彙力が身に付きませんので、ラジオNIKKEIの「Let's read the Nikkei in English」を聞きながら経済や政治関連の語彙力を高めています。その他、CNNやBBCでニュースを読んでいます。
・聞く
リスニング力を鍛えるための手段は、最近、インターネットなどでたくさん手に入り重宝しています。前述のラジオNIKKEIの番組もそうですし、Podcastの「バイリンガルニュース」、「Luke's ENGLISH Podcast」、「Hapa英会話」、BBCの「6 minutes English」、英検の「目指せ1級!英語上級者への道」などを聞いています。リスニング力だけでなく、語彙力も鍛えられます。NHKラジオも気分に合わせていろいろな番組を聞いています。
また、テレビでディズニーの「ミッキーマウス クラブハウス」を録画して見ています。音声切り替えで英語にして、字幕機能を使って英語字幕を表示させて見ます。英語字幕が表示されるのは一部の番組だけです。
・話す
話すことだけは、ほとんどトレーニングできていません。家で日本語禁止アワーを作ったりすることもありますが、きちんとした指導を受けることがないので、今はオンライン英会話を申し込んでみようかどうかと考えています。
現在、非常にたくさんのオンライン英会話業者がありますが、いろいろ見て良さそうだと思ったのがDMM英会話です。多くの業者は講師がフィリピン人ですが、DMM英会話は約50か国の講師がいて、様々な国の英語話者のアクセントや発音などを経験することができ、しかも現在半額キャンペーン中です。半額中は他の業者より圧倒的に安いです。半額でなければ、どこも料金は似たようなものなので、講師陣の評判などをネットで調べて選ぶといいかもしれません。
・書く
英語を書くことも最近なく、ライティング能力のスキルアップをどのようにしようか、まだ思案中です。オンライン英会話を始めたら、スカイプを通じて行うので、スカイプのチャット機能を使って、英文の添削をお願いすることも可能だそうなので、これしかないかな、と思っています。
このような感じで、仕事の合間に英語の勉強をしています。継続は力なり、という事を信じて、これからも語学習得を頑張ります。
このように長い間一生懸命勉強してきた英語でしたが、ドミニカ共和国に行くことになり、スペイン語を勉強し始めました。最初は、英語に加えてスペイン語も話せるようになれるチャンスだと思っていましたが、実際はあれだけ勉強した英語がスペイン語に書き換えられたような現象が起こりました。ドミニカ共和国に行くためにニューヨークを経由しましたが、そのニューヨークで全く英語が話せなくなっている自分に驚きを隠せませんでした。3か国語以上を話すことの難しさを思い知りました。
日本に帰ってきて1年以上が経ちますが、まだ英語を話そうとしてもスペイン語が先に出てきたり、簡単な単語でも言葉に詰まったりします。さらにスペイン語も使う機会がないので忘れてしまうのも時間の問題かと思います。せっかく長年勉強してきた英語と、せっかくドミニカ共和国で身につけたスペイン語なので、どちらもしっかり維持できるよう、今、勉強を続けています。
スペイン語に関しては、NHKのラジオとテレビで勉強しています。
英語に関しては、下記に今日は今の取り組みについて詳しく書こうと思います。
・読む
理学療法士の仕事や国際協力に関連して、英語の論文や記事を読むことが多いです。英語の勉強にもなるし、最新の情報が入ってくるので一石二鳥だと思っています。ただ、内容が偏ると、幅広い語彙力が身に付きませんので、ラジオNIKKEIの「Let's read the Nikkei in English」を聞きながら経済や政治関連の語彙力を高めています。その他、CNNやBBCでニュースを読んでいます。
・聞く
リスニング力を鍛えるための手段は、最近、インターネットなどでたくさん手に入り重宝しています。前述のラジオNIKKEIの番組もそうですし、Podcastの「バイリンガルニュース」、「Luke's ENGLISH Podcast」、「Hapa英会話」、BBCの「6 minutes English」、英検の「目指せ1級!英語上級者への道」などを聞いています。リスニング力だけでなく、語彙力も鍛えられます。NHKラジオも気分に合わせていろいろな番組を聞いています。
また、テレビでディズニーの「ミッキーマウス クラブハウス」を録画して見ています。音声切り替えで英語にして、字幕機能を使って英語字幕を表示させて見ます。英語字幕が表示されるのは一部の番組だけです。
・話す
話すことだけは、ほとんどトレーニングできていません。家で日本語禁止アワーを作ったりすることもありますが、きちんとした指導を受けることがないので、今はオンライン英会話を申し込んでみようかどうかと考えています。
現在、非常にたくさんのオンライン英会話業者がありますが、いろいろ見て良さそうだと思ったのがDMM英会話です。多くの業者は講師がフィリピン人ですが、DMM英会話は約50か国の講師がいて、様々な国の英語話者のアクセントや発音などを経験することができ、しかも現在半額キャンペーン中です。半額中は他の業者より圧倒的に安いです。半額でなければ、どこも料金は似たようなものなので、講師陣の評判などをネットで調べて選ぶといいかもしれません。
・書く
英語を書くことも最近なく、ライティング能力のスキルアップをどのようにしようか、まだ思案中です。オンライン英会話を始めたら、スカイプを通じて行うので、スカイプのチャット機能を使って、英文の添削をお願いすることも可能だそうなので、これしかないかな、と思っています。
このような感じで、仕事の合間に英語の勉強をしています。継続は力なり、という事を信じて、これからも語学習得を頑張ります。
2012年7月27日金曜日
国際標準化
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| 大阪工業大学 |
現在、私は、日本発祥の物理医学の理論・技術「関節運動学的アプローチ(以下AKA)博田法」を海外でも普及させようと活動しています。ターゲットはスペイン語圏の約20か国の医師・理学療法士・作業療法士です。しかし、このAKA博田法は、日本が世界に誇るべき技術なのですが、日本で広く認められているかというと、そうではありません。AKA博田法の理論や技術が優れていることを知っている医療従事者は、その治療効果を目の当たりにし、肌で感じ取った人のみで、そう多くはありません。既存の技術を用いて働いている人で、AKA博田法を教科書や噂で聞いた程度の人にとっては、受け入れがたいものです。
平松氏は国際標準化について「研究・開発の段階から、世界各国と共同することが望ましい」と述べています。これは国内での標準化でも同様でしょう。「研究・開発の段階から、関係機関と共同すること」、例えば、研究機関・教育機関・医療機関などと早くから連携し、仲間をつくることで、拒絶反応をなくすことができると思います。AKA博田法に関してはこれが不十分だったのではと考えます。
昨日の日経の経済教室で平松氏は、開発には3つのステップがあると述べていたそうです。(参考→日本のガラパゴス現象を問う)1「要求条件の明確化」、2「要求条件を満たすための基本構造の設計」、そして3「技術開発」です。日本はこの3つのステップの内、最初の2つのステップを踏まないで、いきなり技術開発に入ってしまう、という話でした。AKA博田法も3つ目のステップにのみ心血が注がれたのだと思います。
今後、AKA博田法を日本のみならず海外にも普及させるために、ステップ1、とステップ2について考え直し、長期的な人材育成を行い、仲間を増やしていきたいと思います。2012年6月27日水曜日
折り返し
派遣されて、もう(? やっと?)1年が経ちました。左コラムにあるカウントダウン時計も「あと365日」と表示しています。同期のみんなも元気にやっているでしょうか? FACEBOOKやSKYPE、メールなどでみなの様子を知れますが、それでも全員を把握することはできません。平成23年度1次隊が、みな無事に任期を全うし、達成感で満ちた素晴らしい顔で再開できることを願います。
さて、私の方は、1年経ち、やっと技術移転が軌道に乗ってきたかな、という段階に来ました。これまでは、知識や技術を「押し付けている」感がありましたが、最近は「学びたい」という人が集まってきてくれるようになりました。やりがいが出てきて、毎日が楽しみに思えるようになってきました。
「押し付け」指導を行っているときは、「こんなことやって意味があるのか?」や「なんやその態度は!」と日々感じていましたので、ストレスも大きかったです。しかし、そんな時でも、周りからは「頑張ってね」と言われるので、更に辛い時期もありました。一時期体調を崩したのも、ストレスが一つの原因だったんだろう、と思います。
残り1年で、できるだけ多くの理学療法士に技術移転を行いたいと思います。また、今後派遣されてくる理学療法士や作業療法士、義肢装具士などとも協力して、いろいろなことをやりたいと考えています。そして、この国の理学療法がより良いものになるための援助の仕方を再考したいと思っています。けど、その間に一度、日本に戻ろうと計画しています。心と体のリフレッシュと、理学療法士としての知識と技術のリフレッシュを兼ねた一時帰国にしようと思います。チケットはもう取ってしまいましたので、大変な時も「これを乗り越えたら日本だ」と思いながら活動することにします。航空券は往復で12万6千円と比較的手頃なのが手に入りました。
さあ、もうひと踏ん張り!
さて、私の方は、1年経ち、やっと技術移転が軌道に乗ってきたかな、という段階に来ました。これまでは、知識や技術を「押し付けている」感がありましたが、最近は「学びたい」という人が集まってきてくれるようになりました。やりがいが出てきて、毎日が楽しみに思えるようになってきました。
「押し付け」指導を行っているときは、「こんなことやって意味があるのか?」や「なんやその態度は!」と日々感じていましたので、ストレスも大きかったです。しかし、そんな時でも、周りからは「頑張ってね」と言われるので、更に辛い時期もありました。一時期体調を崩したのも、ストレスが一つの原因だったんだろう、と思います。
残り1年で、できるだけ多くの理学療法士に技術移転を行いたいと思います。また、今後派遣されてくる理学療法士や作業療法士、義肢装具士などとも協力して、いろいろなことをやりたいと考えています。そして、この国の理学療法がより良いものになるための援助の仕方を再考したいと思っています。けど、その間に一度、日本に戻ろうと計画しています。心と体のリフレッシュと、理学療法士としての知識と技術のリフレッシュを兼ねた一時帰国にしようと思います。チケットはもう取ってしまいましたので、大変な時も「これを乗り越えたら日本だ」と思いながら活動することにします。航空券は往復で12万6千円と比較的手頃なのが手に入りました。
さあ、もうひと踏ん張り!
2012年4月15日日曜日
AKA博田法と私の5年間
4月になり理学療法士として6年目の年度を迎えました。理学療法士として働き始めて丸5年が経過したのです。この5年、非常にいろいろな事がありました。
1年目、就職してすぐAKA医学会理学・作業療法士会に入会しました。そして同じ年に大阪で行われたAKA博田法の基礎コース(10日間でAKA博田法を一通り全て勉強するコース)に参加し、AKA博田法の世界へ入って行きました。
AKA博田法とは、日本人医師博田節夫氏により開発された物理医学における診断・治療の技術であると同時に、運動療法を行うための技術です。理学療法の技術には非常に多くの種類がありますが、日本発祥の医学的に体系づけられた技術というのはAKA博田法以外に存在しません。
1年目の試用期間が終わり、有給休暇が取れるようになると、学生時代に実習でお世話になった先生のツテで、博田先生の診察・治療の見学に月1回、足を運ぶようになりました。また同じ先生のツテで、診療にAKA博田法を用いられている先生の勉強会へも参加させていただくことになりました。休みの日には研修会に参加したり、同級生や先輩の先生方と共に勉強会を行ったりと充実した日々を過ごしました。
2年目も継続して博田先生の診察見学に行き勉強しました。AKA博田法の研修会や学会、勉強会などにも欠かさず参加しました。臨床でもAKA博田法を使用していました。しかし、この頃、同僚からAKA博田法ばかりで周りが見えていない、という忠告を受けました。他の手技を知った上でAKA博田法を選ぶのなら良いが、他を何も知らないでAKA博田法に集中しているのはどうか、というアドバイスでした。当時の私はアドバイスではなく批判に聞こえましたが。
3年目には、AKA博田法を補完する技術であるANTの基礎となる「関節神経学」に興味を持ち、学問的に深く学べる機会がないか探し始めました。2年目の時にアドバイスをくれた同僚の影響で、大学院で関節神経学を研究できる所を探しました。しかし、研究がストップしてしまっている分野であり、諦めることになりました。
4年目には、高校生のときからの目標であった国際協力に向かって行動を始めました。JICAボランティアの要請書に書かれている経験年数3年以上という条件をクリアしたからです。職場の事務との話し合い、労働組合との話し合いなど努力しましたが、退職してのボランティア活動という形になりました。いつからか「AKA博田法を世界に広めることが夢」と周りに語るようになっていました。
5年目のスタートは臨床ではなく、駒ケ根訓練所でした。2か月半、駒ケ根で語学や国際協力について勉強し、6月末にドミニカ共和国に来ました。活動の中で、AKA博田法をどのように広めていくか試行錯誤しました。
そして現在、6年目となりました。現地スタッフの一部にAKA博田法の基礎に則り、触診や関節の触り方、運動療法などを指導しています。また、AKA博田法をより多くの人に知ってもらうための計画が一つ進行中です。いずれ、いろいろな形で報告できればと思います。
AKA医学会理学・作業療法士会に入会して5年が経過したわけですから、次の2月はAKA博田法の認定試験です。同期で受験する人もきっと何人かいると思います。私はその時、まだドミニカ共和国にいるので、遅れを取ることになりますが、追いつけるように頑張りたいです。
1年目、就職してすぐAKA医学会理学・作業療法士会に入会しました。そして同じ年に大阪で行われたAKA博田法の基礎コース(10日間でAKA博田法を一通り全て勉強するコース)に参加し、AKA博田法の世界へ入って行きました。
AKA博田法とは、日本人医師博田節夫氏により開発された物理医学における診断・治療の技術であると同時に、運動療法を行うための技術です。理学療法の技術には非常に多くの種類がありますが、日本発祥の医学的に体系づけられた技術というのはAKA博田法以外に存在しません。
1年目の試用期間が終わり、有給休暇が取れるようになると、学生時代に実習でお世話になった先生のツテで、博田先生の診察・治療の見学に月1回、足を運ぶようになりました。また同じ先生のツテで、診療にAKA博田法を用いられている先生の勉強会へも参加させていただくことになりました。休みの日には研修会に参加したり、同級生や先輩の先生方と共に勉強会を行ったりと充実した日々を過ごしました。
2年目も継続して博田先生の診察見学に行き勉強しました。AKA博田法の研修会や学会、勉強会などにも欠かさず参加しました。臨床でもAKA博田法を使用していました。しかし、この頃、同僚からAKA博田法ばかりで周りが見えていない、という忠告を受けました。他の手技を知った上でAKA博田法を選ぶのなら良いが、他を何も知らないでAKA博田法に集中しているのはどうか、というアドバイスでした。当時の私はアドバイスではなく批判に聞こえましたが。
3年目には、AKA博田法を補完する技術であるANTの基礎となる「関節神経学」に興味を持ち、学問的に深く学べる機会がないか探し始めました。2年目の時にアドバイスをくれた同僚の影響で、大学院で関節神経学を研究できる所を探しました。しかし、研究がストップしてしまっている分野であり、諦めることになりました。
4年目には、高校生のときからの目標であった国際協力に向かって行動を始めました。JICAボランティアの要請書に書かれている経験年数3年以上という条件をクリアしたからです。職場の事務との話し合い、労働組合との話し合いなど努力しましたが、退職してのボランティア活動という形になりました。いつからか「AKA博田法を世界に広めることが夢」と周りに語るようになっていました。
5年目のスタートは臨床ではなく、駒ケ根訓練所でした。2か月半、駒ケ根で語学や国際協力について勉強し、6月末にドミニカ共和国に来ました。活動の中で、AKA博田法をどのように広めていくか試行錯誤しました。
そして現在、6年目となりました。現地スタッフの一部にAKA博田法の基礎に則り、触診や関節の触り方、運動療法などを指導しています。また、AKA博田法をより多くの人に知ってもらうための計画が一つ進行中です。いずれ、いろいろな形で報告できればと思います。
AKA医学会理学・作業療法士会に入会して5年が経過したわけですから、次の2月はAKA博田法の認定試験です。同期で受験する人もきっと何人かいると思います。私はその時、まだドミニカ共和国にいるので、遅れを取ることになりますが、追いつけるように頑張りたいです。
2012年3月20日火曜日
続ける理由を考える
止める理由は簡単に思いつく
青年海外協力隊として、だけではなく、日本での仕事や勉強、習い事など、何に関しても言えることですが、「止める理由」を考えることは非常に簡単だと思います。ダイエットをしていても、「付き合いが多いから」とか「今日は仕事頑張ったから」とか。勉強していても、「今日はここまでにして、明日頑張ろう」。仕事に慣れてくると、「ここは手を抜いてもいいだろう」。止める理由を考える、というよりも、自然と思いついてしまいます。理学療法士の場合
反対に「続ける理由」を考えることは難しいことだと感じています。普段から考えていないといけません。「なぜ技術向上のために練習を続けるのか?」 今のままでも患者さんは文句を言わずに退院していきます。むしろ「ありがとう」と感謝されることもあります。それなら、もう今のままで十分ではないか、と練習を止める理由を簡単に作れてしまいます。しかし、実際は患者さんがより良い理学療法士と出会っていないだけだったり、患者さんが持っている能力を、患者さんに気づかれないように奪っていたりするのです。ボランティアの場合
私は現在、ドミニカ共和国にボランティアとして現地のNGOに派遣されていますが、このNGOにボランティア派遣を止める理由を挙げることは非常に簡単です。「ボランティアなしでも患者は来る」、
「マンパワーもある」、
「技術は日本レベルではないが、現地では受け入れられているレベル」、
「理学療法の仕事が好きで、みな一生懸命働いている」、
「ボランティア派遣にかかる費用や手間をなくせる」
などなど。
技術が低いことを放置してもいいかと聞かれれば、
「基礎知識がないから教えられない」、
「日々の業務で多忙で、練習できない」、
「そもそも誰もそれで文句を言わない」
など。
第三者が仮に視察に来たとしたら、「ボランティア要らないんじゃない?」という気持ちが自然と湧いてくると思います。だから、「続ける理由」を普段から真剣に考え、ボランティアの重要性を認識している私たちは、視察に来られた方に真剣にプレゼンテーションをするのです。真剣に私たちの話を聞いてもらえれば、きっと理解してもらえる話だと私たちは信じています。
相手を変える方法
しかし、もし理解を得られなかったら、「聞く耳を持っていなかった」や「最初から否定的な気持ちで視察に来た」など、相手のせいにしてしまうことは簡単です。その方が、こちらも楽です。なぜなら、こちら側が変わる必要がないからです。しかし、私は、こちらの意見が伝わらなかった理由を、「説明が分かりにくかったから」なのか、「与えた情報が不十分だったから」なのかなどと考える必要があると思います。そうでないと、次に同じような事が起こり得るからです。専門学校時代の担任の先生に、「相手を変えるには、自分を変えないといけない」と教わりました。当時は実感が湧かなかったですが、今なら理解できます。
ネガティブに負けない
続ける理由=ポジティブな意見、止める理由=ネガティブな意見、と読み替えることもできます。ポジティブな意見は、普段から意識していないと見つけることができませんが、ネガティブな意見は、自然と意識に上がってきます。真剣な人と無関心な人が話していると、真剣な人のポジティブな話が、無関心な人の否定的な意見につぶされることがよくあります。そうなった時に、相手のネガティブな意見を変えるために、自分をさらに磨くきっかけをもらえた、とポジティブになろうと最近、考えています。幸い、私の周りには、何事にも真剣な人が大勢います。これからも、自分にできること、すべきこと、やりたいことを真剣に考え、周りと意見を共有し、前に進んでいきたいと思います。
2012年3月1日木曜日
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
ふと、自分のブログを開いてみると、ちょうど20000アクセスを示していました。
毎日、30~50人の人が最近はアクセスしてくださっているようです。嬉しいことに、「理学療法」と「国際協力」の二つのキーワードを入れれば、検索結果に私のブログが一番に表示されます。
少しでも、理学療法士が日本を飛び出し、世界で活躍できるよう、さまざまな情報提供をここで継続していきたいと思っています。今後とも、みなさんよろしくお願い申し上げます。
(ただいま仕事中のため、今日はこれで失礼します)
毎日、30~50人の人が最近はアクセスしてくださっているようです。嬉しいことに、「理学療法」と「国際協力」の二つのキーワードを入れれば、検索結果に私のブログが一番に表示されます。
少しでも、理学療法士が日本を飛び出し、世界で活躍できるよう、さまざまな情報提供をここで継続していきたいと思っています。今後とも、みなさんよろしくお願い申し上げます。
(ただいま仕事中のため、今日はこれで失礼します)
2011年12月31日土曜日
料理が好きになった1年を振り返る
| 五十嵐亮太投手と |
1月、日本の病院でまだ働いていた頃。本来ならあまり忙しくない時期なのに、スタッフの退職が続き、激務が続いた日々でした。この月に、初めての実習指導者会議に出席し、教育について考えるきっかけをもらいました。
2月、日本について知ろうと、思い切って有給休暇を長めに頂き、広島と長崎を訪問し、じっくり勉強しました。25年以上日本に住んでいるにも関わらず知らないことだらけだったことに反省し、日本という国を見直すきっかけになった月でした。また、ミャンマーの理学療法士の方との交流があり、途上国でも一生懸命に理学療法を発展させようと頑張っている人の姿を見て勇気が湧いた月でもありました。
3月、日本人には忘れられないショッキングな出来事が起こりました。東日本大震災により、多くの方がお亡くなりになり、そして今も厳しい生活環境や乏しい資源に悩まされ続けている方々がいらっしゃいます。自分にできることは何か悩む日々が続きました。
4月、予定通り、退職し、派遣前訓練が始まりました。さまざまな手続きに翻弄され、家族の協力を得て手続きを終えました。母親の協力のありがたさを噛みしめました。
5月、訓練所では中間テストがあり、無事合格。そして、理学療法士のI先生(JOCV経験者)が震災ボランティアについて長野まで出張講義に来ていただきました。専門性に捕らわれない柔軟な活動、笑いの力、被災地の現状についてお話いただきました。(感謝)
6月、派遣前訓練が終わり、いよいよドミニカ共和国に到着しました。ニューヨークからドミニカ共和国までの飛行機内に毛布がなく、さらに冷房が強くて、そして疲労もあってか、さっそく風邪を引いてしまいました。けど、それ以来は体調を崩すことなく過ごしています。
7月、ドミニカ共和国での語学訓練が始まりました。ドミニカ共和国なまりで早口なスペイン語に苦戦しました。
8月、任地のサンティアゴに移動。その翌日には配属先の病院へ行きました。いろいろ問題山積みな職場ですが、陽気で働き者のスタッフに歓迎され、働きやすい職場であると感じています。
9月、内閣府から青年団が派遣されてきて、若い人たちとの交流がありました。みんな将来の夢や目標があり、話をしているとこちらまでワクワクするような人たちでした。また、この月は派遣されて3か月ということで、第1号報告書を作りました。
10月、かなりドミニカ共和国にもなれてきて、他の隊員と一緒に国内旅行する機会が増えました。ハイチマーケットでスポーツシューズを買い、テニスやソフトボールなど、運動する機会も増えました。
![]() |
| 大隣憲司投手と |
12月、ドミニカ野球が盛り上がり、何度も球場に足を運びました。ニューヨークメッツの五十嵐亮太投手や、ソフトバンクホークスの大隣憲司投手がこちらで投げており、お話をしたりサインをもらったりと野球が好きになりました。
2011年10月12日水曜日
ソフトボール大会
先日、ハラバコアで日系人ソフトボール大会がありました。首都を朝6時過ぎに出発して、3時間ほどで到着する町です。派遣中のボランティアがJICAチームに入ってプレイしてきました。日系人チームが4つ、JICAチームが1つ、大使館チームが1つで、私たちJICAチームは初戦、大敗してしまいましたが、2戦目は何とか勝つことができました。
日系人チームはみな、かなり練習しているようで、ホームランやランニングホームランを次から次へと打ってきますし、守備もほとんどエラーがありません。対するJICAチームは練習も全くしていない人がいるウケ狙いのチームです。笑
でも私は、このソフトボール大会があると聞いて、グローブと運動靴を購入して、(少しだけ)試合に備えて練習してきました。グローブは近くの大型スーパーで、運動靴はハイチマーケット(ハイチ人がやっているフリーマーケット)で手に入れました。
しかし、肝心の試合当日に、どちらも持って行くのを忘れるというミスを犯してしましました・・・。
勝てたのはカープアカデミーの方のおかげだと思います。強力な助っ人で2人も入っていただきました。
結局、顎でボールを取る、走塁時に滑ってこける、バッドを逆さに持つ、など適度に笑いを取って終わりました。
このソフトボール大会は、日系人協会の方がグランド整備、テント設営など様々な準備をして開催された大会で、非常に楽しい一日を過ごせたことに感謝です。そして、大使館チームの大使から飲み物の差し入れがあり熱中症や怪我なく終えれたことにも感謝です。
日系人チームはみな、かなり練習しているようで、ホームランやランニングホームランを次から次へと打ってきますし、守備もほとんどエラーがありません。対するJICAチームは練習も全くしていない人がいるウケ狙いのチームです。笑
でも私は、このソフトボール大会があると聞いて、グローブと運動靴を購入して、(少しだけ)試合に備えて練習してきました。グローブは近くの大型スーパーで、運動靴はハイチマーケット(ハイチ人がやっているフリーマーケット)で手に入れました。
しかし、肝心の試合当日に、どちらも持って行くのを忘れるというミスを犯してしましました・・・。
勝てたのはカープアカデミーの方のおかげだと思います。強力な助っ人で2人も入っていただきました。
結局、顎でボールを取る、走塁時に滑ってこける、バッドを逆さに持つ、など適度に笑いを取って終わりました。
このソフトボール大会は、日系人協会の方がグランド整備、テント設営など様々な準備をして開催された大会で、非常に楽しい一日を過ごせたことに感謝です。そして、大使館チームの大使から飲み物の差し入れがあり熱中症や怪我なく終えれたことにも感謝です。
2011年10月6日木曜日
ドミニカでの休日
ドミニカ共和国に来て、もう3か月が過ぎました。平日はしっかり活動しつつ、休日はドミニカ共和国を知るためにいろいろな所に行っています。まだまだ、知らない所がたくさんありますが、これまで行ったところを簡単に紹介します。
1、ボカチカ
ここは写真のように観光地ともなっているビーチです。首都にある空港から近く、高級ホテルや高級レストランなども近くに構えています。
2、コロンブスの像
ここは世界遺産にも登録されているソナコロニアル(植民地帯)にあります。後ろに見えるのは大聖堂で、この辺りも観光地化しており、お土産屋さんの中には米ドルでも買い物できる所があります。
3、ハードロックカフェ
コロンブスの像からすぐの所にあるハードロックカフェでは、ギターの形をしたプラスチックのグラスにジュースを入れてくれます。おかわり自由だったので、店を出るときにジュースを充填してもらいました。
4、コロンブスの灯台
中には展示スペースとお土産屋さんがあります。行ったときは停電していました。笑
5、オサマ川の要塞
要塞というだけあって重厚な造りです。弾薬庫や大砲なども展示されていました。
6、バラオナ
高級リゾート地、カサボニータの入り口にあるラリマールショップは、原石を自分で選んで自分で磨くことができます。2つ作って帰りました。
7、バラオナ2
バラオナにあるビーチです。ここはボカチカと違って地元の人だけ、という感じの落ち着いたビーチで、岩場にはいろいろな魚がいました。
8、ボーリング
ドミニカ共和国にもボーリングがあるんです。ビリヤード場もあります。バッティングセンターもあるらしいのですが、まだ行けていません。
1、ボカチカ
ここは写真のように観光地ともなっているビーチです。首都にある空港から近く、高級ホテルや高級レストランなども近くに構えています。
2、コロンブスの像
ここは世界遺産にも登録されているソナコロニアル(植民地帯)にあります。後ろに見えるのは大聖堂で、この辺りも観光地化しており、お土産屋さんの中には米ドルでも買い物できる所があります。
3、ハードロックカフェ
コロンブスの像からすぐの所にあるハードロックカフェでは、ギターの形をしたプラスチックのグラスにジュースを入れてくれます。おかわり自由だったので、店を出るときにジュースを充填してもらいました。
4、コロンブスの灯台
中には展示スペースとお土産屋さんがあります。行ったときは停電していました。笑
5、オサマ川の要塞
要塞というだけあって重厚な造りです。弾薬庫や大砲なども展示されていました。
6、バラオナ
高級リゾート地、カサボニータの入り口にあるラリマールショップは、原石を自分で選んで自分で磨くことができます。2つ作って帰りました。
7、バラオナ2
バラオナにあるビーチです。ここはボカチカと違って地元の人だけ、という感じの落ち着いたビーチで、岩場にはいろいろな魚がいました。
8、ボーリング
ドミニカ共和国にもボーリングがあるんです。ビリヤード場もあります。バッティングセンターもあるらしいのですが、まだ行けていません。
2011年9月27日火曜日
骨髄バンク
昨日、骨髄バンクに関する新聞記事(ウェブ版)を目にしました。骨髄バンクとは平成3年に設立された、骨髄移植の必要な患者を救済するための財団で、今年の12月で設立20年になります。骨髄バンクで骨髄提供の意思を示し登録を行うと、骨髄移植が必要な患者とマッチングが行われます。健康な人がこの登録を行うことをドナー登録と言います。ドナーとは骨髄を提供する人の事です。ちなみに骨髄をもらう患者側の事をレシピエントと言います。
ドナー登録の数が10万人に達すると、9割の患者がドナーを見つけることができる、と言われています。現在、ドナー登録数は37万2千人(平成22年10月現在)だそうです。そして、実際、骨髄移植を待つ患者の9割以上にドナーが一人以上見つかるようになりました。これは凄いことだと思います。日本に住むみなさんの善意が多くの患者を救う結果をもたらしているからです。
しかし、9割の患者の全てが、骨髄移植を実施するに至らないことも事実です。ドナーが見つかっても6割の患者しか骨髄移植は行われていません。その原因をドナー側とレシピエント側と分けて書いてみます。
<ドナー側>
1、ドナーの健康状態が基準に満たない事から提供に至らないケースがまず考えられます。骨髄を提供するには、骨盤の骨に大きな注射器のようなものを刺して骨髄液を抽出するのですが、これには全身麻酔が必要です。1時間程度の手術になります。ですので、ドナーになるには手術に耐えられる体が必要なのです。
2、また手術には危険が付き物です。全身麻酔を行うリスクを理解した上で、ドナーになる準備を進めるのですが、家族に反対されてドナーになれなくなることもあります。またリスクの説明を受けて本人の提供の意思がなくなることもあります。
3、骨髄を採取するためには手術のため3泊4日の入院が必要であることに加えて、術前・術後の健康診断などがあるため、働いている人にとっては、職場の協力が不可欠なのですが、どうしても代わりがいない、という人もいます。
<レシピエント側>
ドナー候補者が現れてから、実際に骨髄移植が行われるまで、ドナー側もレシピエント側も様々な準備が必要で、半年以上かかってしまいます。レシピエントがそれを待てずに病態が悪化し、移植を受けられなくなる場合があります。
以上のようなケースが考えられるのですが、見て分かっていただけると思いますが、ドナー側の原因で移植が行われないケースが多いです。レシピエント側は今か今かと待ち望んでいますので。例えば、ドナーが4人見つかったとしたら、ドナーが一人の場合よりチャンスは4倍に増えるということですので、ドナー登録数はまだまだ増えていく必要があります。ドナーが10人、20人と見つかるよう骨髄バンクの事を多くの人に知ってもらい、登録してくれる人が一人でも増えることを望みます。
ちなみに私は20歳になった時に登録しました。しかし、登録だけなら18歳から可能です。20歳になるとマッチングがされるようになります。何かきっかけがないと登録しようとは思わないでしょうが、この記事がドナー登録のきっかけになればと思います。
*骨髄バンクのホームページは左上のブログパーツをクリックして下さい。
ドナー登録の数が10万人に達すると、9割の患者がドナーを見つけることができる、と言われています。現在、ドナー登録数は37万2千人(平成22年10月現在)だそうです。そして、実際、骨髄移植を待つ患者の9割以上にドナーが一人以上見つかるようになりました。これは凄いことだと思います。日本に住むみなさんの善意が多くの患者を救う結果をもたらしているからです。
しかし、9割の患者の全てが、骨髄移植を実施するに至らないことも事実です。ドナーが見つかっても6割の患者しか骨髄移植は行われていません。その原因をドナー側とレシピエント側と分けて書いてみます。
<ドナー側>
1、ドナーの健康状態が基準に満たない事から提供に至らないケースがまず考えられます。骨髄を提供するには、骨盤の骨に大きな注射器のようなものを刺して骨髄液を抽出するのですが、これには全身麻酔が必要です。1時間程度の手術になります。ですので、ドナーになるには手術に耐えられる体が必要なのです。
2、また手術には危険が付き物です。全身麻酔を行うリスクを理解した上で、ドナーになる準備を進めるのですが、家族に反対されてドナーになれなくなることもあります。またリスクの説明を受けて本人の提供の意思がなくなることもあります。
3、骨髄を採取するためには手術のため3泊4日の入院が必要であることに加えて、術前・術後の健康診断などがあるため、働いている人にとっては、職場の協力が不可欠なのですが、どうしても代わりがいない、という人もいます。
<レシピエント側>
ドナー候補者が現れてから、実際に骨髄移植が行われるまで、ドナー側もレシピエント側も様々な準備が必要で、半年以上かかってしまいます。レシピエントがそれを待てずに病態が悪化し、移植を受けられなくなる場合があります。
以上のようなケースが考えられるのですが、見て分かっていただけると思いますが、ドナー側の原因で移植が行われないケースが多いです。レシピエント側は今か今かと待ち望んでいますので。例えば、ドナーが4人見つかったとしたら、ドナーが一人の場合よりチャンスは4倍に増えるということですので、ドナー登録数はまだまだ増えていく必要があります。ドナーが10人、20人と見つかるよう骨髄バンクの事を多くの人に知ってもらい、登録してくれる人が一人でも増えることを望みます。
ちなみに私は20歳になった時に登録しました。しかし、登録だけなら18歳から可能です。20歳になるとマッチングがされるようになります。何かきっかけがないと登録しようとは思わないでしょうが、この記事がドナー登録のきっかけになればと思います。
*骨髄バンクのホームページは左上のブログパーツをクリックして下さい。
2011年9月9日金曜日
誕生日
生まれて初めて、海外で誕生日を迎えることになりました。ドミ共の多くの人、別の国に派遣された仲間、日本の友人・知人、私の元担当患者さん、大勢にお祝いの言葉や、プレゼントを頂きました。とても幸せな気分で過ごした1日について、今日ここに書き残しておきたいと思いました。
朝、いつも通り出勤しました。前日にカウンターパートが「明日誕生日だね」と言っていましたし、デスクには今月誕生日の人の一覧が貼られていますので、何かあるのかなって思っていましたが、まだ着任して1か月だし、活動らしいこともしてないし、さらっと過ぎるのだろうなぁ、と思っていました。しかし、職場に着いてビックリ。まず、私のデスクがある部屋の入口が風船で飾られていました。そして、みんな「誕生日おめでとう!」って言ってハグしてくれました。また、「みて欲しい患者さんがいるの」って言われて行ってみると、みんなに囲まれて、いつもの患者さんも一緒になって誕生日ソングを歌ってくれました。さらにお昼には、もっといっぱい集まってケーキとジュースも用意している部屋に、またまた「患者さんが待ってる」と言われて連行されました。こんなサプライズ、生まれて初めてで感動してしまいました。
いままで誕生日の日も関係なく、日の出と共に出勤し、遅くまで残業し、後は寝るだけの誕生日をなにも疑問を感じずに過ごしてきました。でも今年のような素敵な誕生日も非常にいい、と思ったし、同じことをたくさんの人にやってあげたいって思うようになりました。これは今までになかった感情です。自分の事で精一杯なのに、人のことに構ってられるか、と日本で働いていたなら今でも思っているでしょう。ドミニカ共和国で、幸せって何なのか、という質問の答えに少し近づけたような気がした、大変貴重な一日でした。
ちなみに、誕生日の日は午後から帰っていいそうです。それを知らずに午後からも「この患者さんみて」っていう(本当の)要望に応えていました。「まだいたの?」って最初に言われてから。笑
朝、いつも通り出勤しました。前日にカウンターパートが「明日誕生日だね」と言っていましたし、デスクには今月誕生日の人の一覧が貼られていますので、何かあるのかなって思っていましたが、まだ着任して1か月だし、活動らしいこともしてないし、さらっと過ぎるのだろうなぁ、と思っていました。しかし、職場に着いてビックリ。まず、私のデスクがある部屋の入口が風船で飾られていました。そして、みんな「誕生日おめでとう!」って言ってハグしてくれました。また、「みて欲しい患者さんがいるの」って言われて行ってみると、みんなに囲まれて、いつもの患者さんも一緒になって誕生日ソングを歌ってくれました。さらにお昼には、もっといっぱい集まってケーキとジュースも用意している部屋に、またまた「患者さんが待ってる」と言われて連行されました。こんなサプライズ、生まれて初めてで感動してしまいました。
いままで誕生日の日も関係なく、日の出と共に出勤し、遅くまで残業し、後は寝るだけの誕生日をなにも疑問を感じずに過ごしてきました。でも今年のような素敵な誕生日も非常にいい、と思ったし、同じことをたくさんの人にやってあげたいって思うようになりました。これは今までになかった感情です。自分の事で精一杯なのに、人のことに構ってられるか、と日本で働いていたなら今でも思っているでしょう。ドミニカ共和国で、幸せって何なのか、という質問の答えに少し近づけたような気がした、大変貴重な一日でした。
ちなみに、誕生日の日は午後から帰っていいそうです。それを知らずに午後からも「この患者さんみて」っていう(本当の)要望に応えていました。「まだいたの?」って最初に言われてから。笑
2011年6月26日日曜日
いよいよ、出国です。
| 修了式の日の舞台 |
明日、私はついに日本を発ちます。成田から一度ニューヨークに行き、一泊した後、ドミニカ共和国の首都サントドミンゴに入ります。そこで約1か月、語学訓練などがあり、8月頃からサンティアゴという都市で理学療法士として働きます。いよいよ、という感じです。
大きな荷物は先日、成田空港に送ってしまいました。そして今、残りの荷物をパッキング中です。スーツが持ち運び不自由ですね。後、電子機器(パソコン、カメラ、ビデオカメラなど)とその充電器などの付属品を詰めたバッグは非常に重たくなってしまいました。預け荷物にするのは怖いので、手荷物にしますが、肩が凝りそうです。
さっき、訓練所でスペイン語を教えてくれていた先生と電話で話しました。「たくさんスペイン語を話してペラペラになってね。今日はしっかり寝る事!」と言われました。飛行機で寝れるかも分からないですし、明日、朝早いので、(朝7時55分の伊丹発成田行き)、さっさと荷造りを終えて寝ようと思います。朝、地元を離れる前にお見送りに来てくれる人がいます。また伊丹空港でお見送りしてくれる人もいます。みんなに支えらえて派遣されるんだ、ということを2年間忘れずに活動しないといけないなぁと思います。
では行ってきます!!!
2011年6月23日木曜日
親孝行って難しい
大阪に帰ってきてから初めての投稿です。というのも、実家にインターネット環境がなく、昨日やっとネットが使えるようになったからです。書くネタはたくさんあるんですが、何から書こうか・・・。
ネットが使えるようになっても使う人がいなければ意味がないんで、ただいま母親にパソコン教育中です。パソコンは以前、私が使っていたものをプレゼントしました。ネットブックです。
最初にスカイプの使い方を伝授しました。無料インターネット電話です。アカウントを作成して、自宅内で通話してみました。「これタダなん?」と疑っていましたが、タダだと理解すると感動していました。さっき抜き打ちで発信してみたけど、ちゃんとつながることができました。きっとテレビ電話は通信事情から察して難しいと思うので音声のみになると思います。その辺のことも伝えておきました。
後、メールアカウントも作って、メールの見方、送り方を教えて、さっきまで、自宅内でメールで会話していました。たまに、「ちっちゃい'つ'どうやって打つん」と声で通信することもありましたが、時間をかけて慣れてもらうしかありません。なんせ、また右手の人差し指のみでキーボードを叩いているレベルですから。ダブルクリックも初めての人には意外に難しいようです。マウスの固定ができず、クリックの時にカーソルが動いてしまいます。新たな発見でした。笑
大阪に帰って親孝行をしないといけないなぁ、とは長野にいるときから考えてはいたんですが、なかなか上手くいってません。うるさいくらい干渉してくるし、質問攻めに最初は疎く思ってしまいました。訓練所で部屋にこもり一人で勉強ばかりしていて、それがとても居心地が良かったせいか、そっとしておいてくれない今の環境がストレスになったりしています。でもそれが母親なんですよね。うるさいくらいが普通なんですよね。そっとしておいて、なんて贅沢なわがまま認められないですよね・・・。
だから、しっかりスカイプとメールを覚えてもらい、元気な声や、写真などを受け取ってもらえるよう教育中です。学んでいる母親の、まれに見る一生懸命さに感動なんてしちゃいました。
後、親孝行かどうかは分かりませんが、我が家初の地デジ対応テレビをプレゼントしました。どうしようか悩んでいたようなので。電気屋さんで見るより購入したテレビは大きくて、届いたときはビックリしましたが(正直、こんな大きいテレビ要らんやろ、くらい大きかったのですが)、喜んでいたのでよしとしました。
ただ、究極は、健康で無事に2年後帰国することだと考えています。帰るまでは不安を与え続ける親不孝者ですから、安全対策・健康管理を最優先にしながら、活動していこうと思います。
ネットが使えるようになっても使う人がいなければ意味がないんで、ただいま母親にパソコン教育中です。パソコンは以前、私が使っていたものをプレゼントしました。ネットブックです。
最初にスカイプの使い方を伝授しました。無料インターネット電話です。アカウントを作成して、自宅内で通話してみました。「これタダなん?」と疑っていましたが、タダだと理解すると感動していました。さっき抜き打ちで発信してみたけど、ちゃんとつながることができました。きっとテレビ電話は通信事情から察して難しいと思うので音声のみになると思います。その辺のことも伝えておきました。
後、メールアカウントも作って、メールの見方、送り方を教えて、さっきまで、自宅内でメールで会話していました。たまに、「ちっちゃい'つ'どうやって打つん」と声で通信することもありましたが、時間をかけて慣れてもらうしかありません。なんせ、また右手の人差し指のみでキーボードを叩いているレベルですから。ダブルクリックも初めての人には意外に難しいようです。マウスの固定ができず、クリックの時にカーソルが動いてしまいます。新たな発見でした。笑
大阪に帰って親孝行をしないといけないなぁ、とは長野にいるときから考えてはいたんですが、なかなか上手くいってません。うるさいくらい干渉してくるし、質問攻めに最初は疎く思ってしまいました。訓練所で部屋にこもり一人で勉強ばかりしていて、それがとても居心地が良かったせいか、そっとしておいてくれない今の環境がストレスになったりしています。でもそれが母親なんですよね。うるさいくらいが普通なんですよね。そっとしておいて、なんて贅沢なわがまま認められないですよね・・・。
だから、しっかりスカイプとメールを覚えてもらい、元気な声や、写真などを受け取ってもらえるよう教育中です。学んでいる母親の、まれに見る一生懸命さに感動なんてしちゃいました。
後、親孝行かどうかは分かりませんが、我が家初の地デジ対応テレビをプレゼントしました。どうしようか悩んでいたようなので。電気屋さんで見るより購入したテレビは大きくて、届いたときはビックリしましたが(正直、こんな大きいテレビ要らんやろ、くらい大きかったのですが)、喜んでいたのでよしとしました。
ただ、究極は、健康で無事に2年後帰国することだと考えています。帰るまでは不安を与え続ける親不孝者ですから、安全対策・健康管理を最優先にしながら、活動していこうと思います。
2011年6月6日月曜日
派遣前訓練もいよいよ終わります。
駒ヶ根での派遣前訓練も後3日になりました。今日は最終の語学試験があり、なんとか終了しました。これまで勉強してきたことを発揮することができたのではないかと思います。だからこそ見える課題が残されましたが、これは大阪に帰ってから、ドミニカ共和国に行ってからの課題です。とりあえずは小休止、ということで、今日はリラックスしたいと思います。
中間試験でもそうでしたが、語彙の乏しさに今回も苦しめられました。分からない単語が頻発すると読む気力もなくなるし、ましてや前後関係から意味を推測する、なんてことはできません。そして、文と文を結ぶ接続詞はたくさんあり、適切なものを選ぶ、という事も意味が分からなければ不可能です。語彙を増やすとともに表現の幅を広げなければいけないなぁと思います。同じことでも何通りもの言い方で表現できるようになるのが理想ですね。
さて、今週の木曜日に退所して大阪に戻り、あとは派遣の日を待つのみです。公用旅券や飛行機の搭乗券も渡されました。退所後の予定もぎっしり詰まっています。この調子だとあっという間に日本を去る日がやってくると思います。
まず、帰ったら同級生やお世話になった先生方と和歌山でキャンプに行きます。これは毎年GWあたりに行っている恒例行事なんですが、今回は私のために延期してもらっています。長野のおいしいお酒「夜明け前」を持っていくつもりです。
そして次に大阪府・大阪市への表敬訪問があります。今日「大阪市国際協力大使」の委嘱について、という手紙を受け取りました。謹んでお受けしようと思います。
後、友達に会いに東京と福岡へ行く予定です。東京に行く際に「第五福竜丸展示館」に行きたいと思っていたのですが、予定していた日が休館日で断念することになりました。なので「東京大空襲・戦災資料センター」に行こうと思いましたが、そこも休館日でした・・・。その日は月曜日なんですが、朝から19時の大阪へのフライトまで何をしようか考え中です。
福岡の友達は、この訓練期間中に赤ちゃんが生まれた、という嬉しい報告をうけ、ひと目見に行こうという計画です。ただ、せっかく九州に行くのなら、と先日、由布院の温泉宿を予約し1泊一人旅をする予定にしました。ドミニカ共和国に行くとお湯につかることはなくなります。それどころか、シャワーは水しか出ないと聞いています。派遣前に良質の温泉を堪能しようと思います。
後、壮行会もいくつか企画していただいています。ありがたいことです。みなに安心して送り出してもらえるよう、元気な姿であいさつして出発したいと思います。
さて、読んでる人にとっては、あまり興味のない内容ばかりを書いてしまいましたが、もう一つ。写真はこれまで訓練中に撮影した写真で作ったコラージュで、これを自動で作ってくれる無料ソフトがあります。Shape Collageというソフトです。無料版では作成したコラージュにソフトの名前が挿入されてしまいますが、有料版にアップグレードするとそれは消えます。面白いですよ。
中間試験でもそうでしたが、語彙の乏しさに今回も苦しめられました。分からない単語が頻発すると読む気力もなくなるし、ましてや前後関係から意味を推測する、なんてことはできません。そして、文と文を結ぶ接続詞はたくさんあり、適切なものを選ぶ、という事も意味が分からなければ不可能です。語彙を増やすとともに表現の幅を広げなければいけないなぁと思います。同じことでも何通りもの言い方で表現できるようになるのが理想ですね。
さて、今週の木曜日に退所して大阪に戻り、あとは派遣の日を待つのみです。公用旅券や飛行機の搭乗券も渡されました。退所後の予定もぎっしり詰まっています。この調子だとあっという間に日本を去る日がやってくると思います。
まず、帰ったら同級生やお世話になった先生方と和歌山でキャンプに行きます。これは毎年GWあたりに行っている恒例行事なんですが、今回は私のために延期してもらっています。長野のおいしいお酒「夜明け前」を持っていくつもりです。
そして次に大阪府・大阪市への表敬訪問があります。今日「大阪市国際協力大使」の委嘱について、という手紙を受け取りました。謹んでお受けしようと思います。
後、友達に会いに東京と福岡へ行く予定です。東京に行く際に「第五福竜丸展示館」に行きたいと思っていたのですが、予定していた日が休館日で断念することになりました。なので「東京大空襲・戦災資料センター」に行こうと思いましたが、そこも休館日でした・・・。その日は月曜日なんですが、朝から19時の大阪へのフライトまで何をしようか考え中です。
福岡の友達は、この訓練期間中に赤ちゃんが生まれた、という嬉しい報告をうけ、ひと目見に行こうという計画です。ただ、せっかく九州に行くのなら、と先日、由布院の温泉宿を予約し1泊一人旅をする予定にしました。ドミニカ共和国に行くとお湯につかることはなくなります。それどころか、シャワーは水しか出ないと聞いています。派遣前に良質の温泉を堪能しようと思います。
後、壮行会もいくつか企画していただいています。ありがたいことです。みなに安心して送り出してもらえるよう、元気な姿であいさつして出発したいと思います。
さて、読んでる人にとっては、あまり興味のない内容ばかりを書いてしまいましたが、もう一つ。写真はこれまで訓練中に撮影した写真で作ったコラージュで、これを自動で作ってくれる無料ソフトがあります。Shape Collageというソフトです。無料版では作成したコラージュにソフトの名前が挿入されてしまいますが、有料版にアップグレードするとそれは消えます。面白いですよ。
2011年5月6日金曜日
中間試験
今日で派遣前訓練が始まって31日目になります。65日間ある訓練も1か月を超え、折り返し地点にきたこの日、中間試験というイベントがありました。スペイン語のリスニング試験、ライティング試験、オーラル試験のtrilogyです。
朝8時45分から30分間のリスニング試験、9時半から90分間のライティング試験、13時から各々4分程度のオーラル試験がありました。リスニング試験もライティング試験も、最初は簡単な問題から徐々に難しくなってくるという、いつものJICAの試験の特徴通りでした。さまざまな到達度の人を試験するにはこうしないとダメなんでしょう。オーラル試験は絵を見て1分間考えて、2分間話す、という一方通行方式です。順番に部屋に入り、生徒一人に対して2~3人で行われます。
分からない所はたくさんありましたが、こんな事も言えるようになったんだぁ、とか、こんなにいろいろな文章が分かるようになったんだぁ、と思います。ただ、まだ試験には現在形の動詞しか使われておらず、今後、いろいろ種類のある過去形が使われるようになると、もっと複雑になっていきます。また、語彙の少なさは、いくら文法がわかっても補うことができないので、これからもっと語彙力をつけていかないとダメだと感じました。
ところで、一般社会から切り離された空間にいるので、あまり考えませんが、世間はゴールデンウィークなんですよね。そんな時にテストや授業、外部講師を呼んだ講座などを日曜日以外は休みなくやっております。いつもこの時期は休日出勤で働いていました。することがないので、休日勤務に組み込んでもらったりしていました。今年は前職場では新人さんへの入れ替わりが大きかったので、休日診療体系はなくなっています。ちょうどいい時に訓練がありました。・・・ではなく、私が辞めたから新人さんが入ってきたのか。
朝8時45分から30分間のリスニング試験、9時半から90分間のライティング試験、13時から各々4分程度のオーラル試験がありました。リスニング試験もライティング試験も、最初は簡単な問題から徐々に難しくなってくるという、いつものJICAの試験の特徴通りでした。さまざまな到達度の人を試験するにはこうしないとダメなんでしょう。オーラル試験は絵を見て1分間考えて、2分間話す、という一方通行方式です。順番に部屋に入り、生徒一人に対して2~3人で行われます。
分からない所はたくさんありましたが、こんな事も言えるようになったんだぁ、とか、こんなにいろいろな文章が分かるようになったんだぁ、と思います。ただ、まだ試験には現在形の動詞しか使われておらず、今後、いろいろ種類のある過去形が使われるようになると、もっと複雑になっていきます。また、語彙の少なさは、いくら文法がわかっても補うことができないので、これからもっと語彙力をつけていかないとダメだと感じました。
ところで、一般社会から切り離された空間にいるので、あまり考えませんが、世間はゴールデンウィークなんですよね。そんな時にテストや授業、外部講師を呼んだ講座などを日曜日以外は休みなくやっております。いつもこの時期は休日出勤で働いていました。することがないので、休日勤務に組み込んでもらったりしていました。今年は前職場では新人さんへの入れ替わりが大きかったので、休日診療体系はなくなっています。ちょうどいい時に訓練がありました。・・・ではなく、私が辞めたから新人さんが入ってきたのか。
2011年4月6日水曜日
健康保険証
どうやら、JOCVに関する事業に関して、ブログなどで情報発信するには、事前に届出が必要だそうで、後日それについて用紙が渡されるようです。それまではあまり研修について書かないでおこうと思います。
今日は訓練所に着いてから区役所と何度も電話でやり取りをしました。概要は以下の通り・・・
退職にあたり、国民健康保険への切り替えが必要で、区役所に足を何度か運んでいます。最初の、3月初旬に手続きに行ったときは「これとこれとこの書類が揃ったらまた来てください」と言われ、さらに「7月から海外に行くのならまずは海外転出届を出してください」とも言われました。なのでその日は海外転出届だけをして帰宅しました。
その後、書類が揃ったので3月末に区役所に行ったところ、「4月になったら手続きができるから、4月に入ってから来てください」と言われました。無駄足でした。何もできず帰宅しました。
そして4月4日、もう一度区役所に行くとやっと手続きができました。そして昨日、交付通知書が届き、「この交付通知書と下記のものを持って、区役所に来てください」といった書類が入っていました。さらに、付箋で手書きで「お伝えしたいことがあるので来庁前にお電話ください」と貼ってありました。それを見たのは午後6時。
今日、長野から区役所に電話すると、「海外転出届が出されているから、保険証を発行できない」と。ちょっと怒りそうになりましたが、落ち着いてよく話を聞くと、「来庁していただいたら、まずは海外から日本の方へ住民票を戻す手続きをして、その後、保険証をお渡しします」とのこと。とにかく保険証がもらえることを知りホッと一息。母親に行ってもらうことになりました。
疑問がいくつか残る・・・。なぜ海外転出届を出させたのか? なぜ3月末に無意味に区役所に行くはめになったのか?
これからJOCVに参加される方へ! 海外転出届は派遣前訓練が終わってからじゃないと、いろいろ不都合が起こりますよ!!
今日は訓練所に着いてから区役所と何度も電話でやり取りをしました。概要は以下の通り・・・
退職にあたり、国民健康保険への切り替えが必要で、区役所に足を何度か運んでいます。最初の、3月初旬に手続きに行ったときは「これとこれとこの書類が揃ったらまた来てください」と言われ、さらに「7月から海外に行くのならまずは海外転出届を出してください」とも言われました。なのでその日は海外転出届だけをして帰宅しました。
その後、書類が揃ったので3月末に区役所に行ったところ、「4月になったら手続きができるから、4月に入ってから来てください」と言われました。無駄足でした。何もできず帰宅しました。
そして4月4日、もう一度区役所に行くとやっと手続きができました。そして昨日、交付通知書が届き、「この交付通知書と下記のものを持って、区役所に来てください」といった書類が入っていました。さらに、付箋で手書きで「お伝えしたいことがあるので来庁前にお電話ください」と貼ってありました。それを見たのは午後6時。
今日、長野から区役所に電話すると、「海外転出届が出されているから、保険証を発行できない」と。ちょっと怒りそうになりましたが、落ち着いてよく話を聞くと、「来庁していただいたら、まずは海外から日本の方へ住民票を戻す手続きをして、その後、保険証をお渡しします」とのこと。とにかく保険証がもらえることを知りホッと一息。母親に行ってもらうことになりました。
疑問がいくつか残る・・・。なぜ海外転出届を出させたのか? なぜ3月末に無意味に区役所に行くはめになったのか?
これからJOCVに参加される方へ! 海外転出届は派遣前訓練が終わってからじゃないと、いろいろ不都合が起こりますよ!!
2011年4月3日日曜日
スーツケース選び
いよいよ3日後に迫った派遣前訓練ですが、昨日やっとスーツケースを買いました。派遣前訓練の準備スタートです。スーツケースには安い物から非常に高い物まであり、性能やアフターサービスがみな違います。私がスーツケースを選んだポイントは、①大容量であること、②キャスター部分の耐久性、③メーカー保障、の3点でした。
①大容量であることは必須でした。ドミニカ共和国で2年間過ごすのに、飛行機に預ける荷物の重量制限など気にしていられません。重さの超過料金が取られようが必要なものは持って行きたいですから。容量は私が見た中では116リットルが最大だったと思います。有名メーカー別で最大容量を示すと次の通りです。TITAN:116リットル、ProtecA:108リットル、RIMOWA:104リットル
②また、キャスター部分が破損すると大容量ゆえに、持ち運びが困難になります。安価なキャリーバッグを旅行の度に壊している人を知っています。転がせないので、持ち上げて移動していました。非常に大変そうでした。キャスターの耐久性テストがしっかり行われていることをアピールしているのはProtecAのスーツケースでした。また、TITANのスーツケースの新商品には、ショック吸収の機能を備えたキャスターで、しかも四隅にあるキャスターそれぞれが2輪構造になっています。ショップ店員さん曰く「1つ壊れても、もう1つキャスターが残っているから転がせる」とのこと。
③有名なブランド品なら、メーカー保障が付きます。ドイツ製のTITANと、RIMOWAがそれぞれ5年保障を付けています(全商品ではないようですが)。値段は張りますが、安いものを買って、何度も買い替えるよりはいいと思います。
以上の観点から選んだ商品は右の写真のTITAN 5th Elementのホワイトです。光を当てると真珠のように色が変わります。5万円弱でした。容量は111リットルで、小物を入れるポーチや、衣装ケース、シューズバッグなども付属で付いています。
今朝、さっそく荷造りを開始しました。衣類はほぼつめ終わったので、後は運動用シューズや、体育館シューズ、雨合羽などを買って詰めて、最後に隙間に勉強道具や本、小物類を入れていけば終了です。
今日は、靴、雨合羽、大きめのリュックを買いに行きます。
①大容量であることは必須でした。ドミニカ共和国で2年間過ごすのに、飛行機に預ける荷物の重量制限など気にしていられません。重さの超過料金が取られようが必要なものは持って行きたいですから。容量は私が見た中では116リットルが最大だったと思います。有名メーカー別で最大容量を示すと次の通りです。TITAN:116リットル、ProtecA:108リットル、RIMOWA:104リットル
②また、キャスター部分が破損すると大容量ゆえに、持ち運びが困難になります。安価なキャリーバッグを旅行の度に壊している人を知っています。転がせないので、持ち上げて移動していました。非常に大変そうでした。キャスターの耐久性テストがしっかり行われていることをアピールしているのはProtecAのスーツケースでした。また、TITANのスーツケースの新商品には、ショック吸収の機能を備えたキャスターで、しかも四隅にあるキャスターそれぞれが2輪構造になっています。ショップ店員さん曰く「1つ壊れても、もう1つキャスターが残っているから転がせる」とのこと。
③有名なブランド品なら、メーカー保障が付きます。ドイツ製のTITANと、RIMOWAがそれぞれ5年保障を付けています(全商品ではないようですが)。値段は張りますが、安いものを買って、何度も買い替えるよりはいいと思います。
以上の観点から選んだ商品は右の写真のTITAN 5th Elementのホワイトです。光を当てると真珠のように色が変わります。5万円弱でした。容量は111リットルで、小物を入れるポーチや、衣装ケース、シューズバッグなども付属で付いています。
今朝、さっそく荷造りを開始しました。衣類はほぼつめ終わったので、後は運動用シューズや、体育館シューズ、雨合羽などを買って詰めて、最後に隙間に勉強道具や本、小物類を入れていけば終了です。
今日は、靴、雨合羽、大きめのリュックを買いに行きます。
2011年4月2日土曜日
ようこそ
3月31日付けで4年間勤めた病院を退職しました。そして4月1日より新しいスタッフが入ってきました。私は引継ぎや、電子カルテ操作教育で4月5日まで、これまで通り出勤予定です。なんだか退職したという実感があまりありません。今日は、これまでの4年間を振り返ってみます。
働き始めて1年目は、それはもう自信過剰になっていました。免許をもらったことで、「これからは自分でやりたいように仕事ができる」なんて思っていました。実習生時代は、自分の技術のなさや、知識のなさを認めようとせず、指導者に迷惑をかけていた、ということにもこの時期まだ気づいていません。「自分はできるんだ」ということを国家試験合格という1点だけを根拠に思い込んでいました。
それは2年目になってもしばらく続きました。この年に入職してきたPT(経験は私より2年長い)に対しても、「そこはそうじゃないでしょ」とか「それじゃ患者さんが歩けなくしているようなものでしょ」なんて噛み付いていました。他の先輩に対しても、治療方針や考え方の違いで衝突することが増えてきました。
3年目に入る頃、少しずつ組織で仕事をしているという自覚ができてきました。考え方の違いで衝突することはなくなってきて、考え方の共有ができるようになってきました。一方的に意見を言うことから、相手の意見を聞くようになってきました。そうした折にJOCVに応募しようという計画を行動に起こしました。3年目の12月頃、働き方や、今後の勉強の仕方などについてアドバイスを頂いていた先輩に「1年後、『lily君は変わったね』と言われるようになっているかどうか」と言われました。
4年目に入り、JOCVとしてドミニカ共和国に行くことが決まり、様々な出会いがありました。それによっても、人と意見を共有する経験をたくさん積み、自分の未熟さや、世界の広さを知ることができました。
そして、理学療法士として5年目になった今、世界中の障害を持った人々の生活の質の改善のために、自分の持つ技術や知識を使って貢献するとともに、自分自身も技術・知識、そして人間力を磨いていくことを、今後のライフワークにしたいと思います。
「長かったようで短かったと思っていた4年間」ですが、こうやって振り返ると、書きつくせないくらい様々なことがあって「長い4年間」に感じました。それだけ内容が濃い4年間だったんだと思います。これからの病院の未来は新しく入ってきたスタッフに託し、豊かな知識を持ったPTが育っていってほしいと思います。そして、終身雇用にこだわらず、広く世界に巣立っていってほしいと願います。
働き始めて1年目は、それはもう自信過剰になっていました。免許をもらったことで、「これからは自分でやりたいように仕事ができる」なんて思っていました。実習生時代は、自分の技術のなさや、知識のなさを認めようとせず、指導者に迷惑をかけていた、ということにもこの時期まだ気づいていません。「自分はできるんだ」ということを国家試験合格という1点だけを根拠に思い込んでいました。
それは2年目になってもしばらく続きました。この年に入職してきたPT(経験は私より2年長い)に対しても、「そこはそうじゃないでしょ」とか「それじゃ患者さんが歩けなくしているようなものでしょ」なんて噛み付いていました。他の先輩に対しても、治療方針や考え方の違いで衝突することが増えてきました。
3年目に入る頃、少しずつ組織で仕事をしているという自覚ができてきました。考え方の違いで衝突することはなくなってきて、考え方の共有ができるようになってきました。一方的に意見を言うことから、相手の意見を聞くようになってきました。そうした折にJOCVに応募しようという計画を行動に起こしました。3年目の12月頃、働き方や、今後の勉強の仕方などについてアドバイスを頂いていた先輩に「1年後、『lily君は変わったね』と言われるようになっているかどうか」と言われました。
4年目に入り、JOCVとしてドミニカ共和国に行くことが決まり、様々な出会いがありました。それによっても、人と意見を共有する経験をたくさん積み、自分の未熟さや、世界の広さを知ることができました。
そして、理学療法士として5年目になった今、世界中の障害を持った人々の生活の質の改善のために、自分の持つ技術や知識を使って貢献するとともに、自分自身も技術・知識、そして人間力を磨いていくことを、今後のライフワークにしたいと思います。
「長かったようで短かったと思っていた4年間」ですが、こうやって振り返ると、書きつくせないくらい様々なことがあって「長い4年間」に感じました。それだけ内容が濃い4年間だったんだと思います。これからの病院の未来は新しく入ってきたスタッフに託し、豊かな知識を持ったPTが育っていってほしいと思います。そして、終身雇用にこだわらず、広く世界に巣立っていってほしいと願います。
2011年3月19日土曜日
東日本巨大地震
この度、東日本で起きている大地震で被害に遭われた方々には、心よりお見舞い、ご冥福をお祈りいたします。1日も早い復興を目指すべく、私たち国民ができることを、みなが真剣に考えなければならない時だと思います。
2011年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とした巨大地震が発生し、現在も余震や二次災害などで被害は広がっています。地震発生時、私は仕事中で、患者さんと一緒に歩いていました。「地震だ」という声が聞こえましたが、歩いている最中で揺れには最初は気づきませんでした。揺れよりも先に、天井や壁などから「ミシミシ」と軋む音に気がつきました。隠れるところがなかったので、近くにあったクリップボードA3サイズを患者さんの頭の上に乗せましたが、事なきを得ました。
地震後、時間とともに被害状況が明らかになってきて、その被害規模の大きさに日々驚かされています。入院中の患者さんは、地震のニュースしか流れないテレビを毎日、ずっと見ており、精神面で不調をきたしている方もいます。被災していない方が、被災者に対して何かしなければという責任感、しかし何もできないという無力感で板ばさみになり、それに追い討ちをかけるように被害の状況が繰り返しテレビで流れている今。気分が落ち着かない、胸がドキドキして治まらない、地震の恐怖が頭から離れない、そのようにお感じの方はテレビを一度消しましょう。
災害発生初期には、病院は外傷患者でいっぱいになります。外科系の医師、看護師が大忙しとなります。また、メンタル面でのサポートも初期から必要になります。精神科医師や心理士、臨床心理士、また場合によっては牧師さんやお坊さんも活躍します。避難所や仮設テントなどで生活する人に対しては、生活するために必要な設備にアクセスできるかが重要です。例えばトイレに誰でも行くことができるか、という問題があります。仮設トイレに洋式トイレがなければ足の不自由な方は使用できないことがあります。また洋式であっても仮設トイレは2段ほど段を上がらなければならない場合が多いので、それが障壁になってトイレに行けない人もでてきます。また、そもそもトイレまでが遠い、トイレまでの道が整備されていない、などでトイレにアクセスできない人が現れると問題です。
トイレだけではなく、配給所へ行けるかどうか、体調の異変をだれかに訴えることができるか、など様々な問題が生活をする上ででてきます。このような生活を障害する因子を取り除くために、環境を改善したり、ルールを作ったり、代替手段を提案したり指導したりすることが、災害発生初期からの理学療法士や作業療法士の役割だと思います。
復興が進んでくれば、家庭復帰や職場復帰のための支援が理学療法士・作業療法士の役割となると思います。
しかし、私は今大阪にいます。ここで今、私ができることは何なのか。募金なのか?ボランティアなのか?ブログで情報を発信することなのか? ただ、間違いないことは人に迷惑をかけないことだと思います。買いだめの問題。節電の問題。・・・
この動画を見てください。
日本人なら大丈夫だ!そう思いました。
2011年3月11日午後2時46分、三陸沖を震源とした巨大地震が発生し、現在も余震や二次災害などで被害は広がっています。地震発生時、私は仕事中で、患者さんと一緒に歩いていました。「地震だ」という声が聞こえましたが、歩いている最中で揺れには最初は気づきませんでした。揺れよりも先に、天井や壁などから「ミシミシ」と軋む音に気がつきました。隠れるところがなかったので、近くにあったクリップボードA3サイズを患者さんの頭の上に乗せましたが、事なきを得ました。
地震後、時間とともに被害状況が明らかになってきて、その被害規模の大きさに日々驚かされています。入院中の患者さんは、地震のニュースしか流れないテレビを毎日、ずっと見ており、精神面で不調をきたしている方もいます。被災していない方が、被災者に対して何かしなければという責任感、しかし何もできないという無力感で板ばさみになり、それに追い討ちをかけるように被害の状況が繰り返しテレビで流れている今。気分が落ち着かない、胸がドキドキして治まらない、地震の恐怖が頭から離れない、そのようにお感じの方はテレビを一度消しましょう。
災害発生初期には、病院は外傷患者でいっぱいになります。外科系の医師、看護師が大忙しとなります。また、メンタル面でのサポートも初期から必要になります。精神科医師や心理士、臨床心理士、また場合によっては牧師さんやお坊さんも活躍します。避難所や仮設テントなどで生活する人に対しては、生活するために必要な設備にアクセスできるかが重要です。例えばトイレに誰でも行くことができるか、という問題があります。仮設トイレに洋式トイレがなければ足の不自由な方は使用できないことがあります。また洋式であっても仮設トイレは2段ほど段を上がらなければならない場合が多いので、それが障壁になってトイレに行けない人もでてきます。また、そもそもトイレまでが遠い、トイレまでの道が整備されていない、などでトイレにアクセスできない人が現れると問題です。
トイレだけではなく、配給所へ行けるかどうか、体調の異変をだれかに訴えることができるか、など様々な問題が生活をする上ででてきます。このような生活を障害する因子を取り除くために、環境を改善したり、ルールを作ったり、代替手段を提案したり指導したりすることが、災害発生初期からの理学療法士や作業療法士の役割だと思います。
復興が進んでくれば、家庭復帰や職場復帰のための支援が理学療法士・作業療法士の役割となると思います。
しかし、私は今大阪にいます。ここで今、私ができることは何なのか。募金なのか?ボランティアなのか?ブログで情報を発信することなのか? ただ、間違いないことは人に迷惑をかけないことだと思います。買いだめの問題。節電の問題。・・・
この動画を見てください。
日本人なら大丈夫だ!そう思いました。
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